フロート基地で作った水素の運び方

太陽光に限らず自然再生エネルギーによる発電の特徴は貯蔵が利きづらいことです。太陽光発電では夜はもちろん日中でも日が照らなければ発電量は低下するし夏冬でも差が出てしまいます。家庭や小さなコミュニティではそれでは困るので、日中の余剰発電を蓄電池で貯めたり、外部の電力会社との電気の貸し借りをしなければなりません。
赤道反流上の太陽光発電では「余剰電力」は発生しません。なぜなら電力はほとんどすべて電気分解に使われて水素という形で貯蔵されるからです。
日差しのない時間には電解槽は稼動を停止します。電解槽の稼働時間は低下しますがそれでいいのです。余剰電力を蓄電池に貯めるよりも、蓄電池の費用でソーラーパネルを増やし昼間だけ動く電解槽も増やしたほうがずっと効率的だからです。赤道反流上では「無尽蔵のエネルギー源である太陽光」と「いくらでもソーラーパネルを敷き詰められる無制限のスペース」という資源があるので、陸上のような高効率を追求する必要がありません。

次のステップとして生産された膨大な量の水素をどうやって運ぶかという問題を解決しなければなりません。
そもそも膨大な量のクリーン水素を運ぶのは陸上の発電所などで発生させているCO2を削減するためです。
しかし、クリーン水素であればCO2の削減に役立つかと言えばそんなことはありません。現状では陸上でクリーン水素を作る場合に電気分解するしか方法がありませんが、電解のエネルギーに化石燃料由来の電力を使ったら何にもならないのは当然として、自然再生エネルギーを使ってもそれだけではCO2の削減になりません。その再生エネルギーを電力としてそのまま使えば、それだけでCO2の削減になるのですから。クリーン水素は赤道反流上の太陽光発電のように電力のままでは使い道のない場所で作ってこそ意味があるのです。

話がちょっと寄り道しましたが、水素を運ぶのは非常に厄介なことがたくさんあります。
日本は将来的に水素は海外で調達することを想定しているので、この問題は重要です。
資源エネルギー庁
水素の製造・輸送・貯蔵について

水素ガスは液化すれば体積が1/800に縮むので一度にかなりの量を運ぶことができますが、液化状態で運ぶには-253℃以下まで冷却する必要があるとされています。これは全ての物質の中でヘリウム(-269℃)に次いで低く、絶対零度-273.15℃から17℃しか高くない温度です。
そのために、液化水素は管理面・コスト面から発電燃料などのための大量輸送には不向きだという指摘がありますが、すでに実証船が進水まで漕ぎつけています。
液体水素タンカー(川崎重工)

水素を有機ハイドライドに吸収反応させて別物質を作り輸送した後でまたオリジナル物質に戻して水素を取り出すといった方法も実用化されています。
この方法には多くの利点があり、たとえば1トンのトルエンは50sの水素を取り込んでメチルシクロヘキサン(MCH)に変化します。MCHは常温常圧で輸送できるのでタンカーを使う必要がありません。トルエンは繰り返して使用できます。この方法は日本の千代田化工ですでに実用化されています

水素ガスを発電専用に考えるなら純粋の水素である必要はありません。
たとえば、赤道反流上の基地で前もって水素をメタンに合成してしまう方法があります。
メタン合成の利点は原料が水素と炭酸ガスだということです。つまり、火力発電所などで排出されるCO2を回収して基地まで運んで人工メタンにすればCO2排出の削減になります。(そのメタンガスで発電すれば同量のCO2を排出しますから差し引きゼロ、つまりカーボンニュートラルになります。)
メタンCH4(分子量16)を1分子作るには水素2分子(分子量4)とCO21分子(分子量44)が必要ですから、16トンのメタンを作るには4トンの水素と44トンのCO2が必要だということです。
水素と炭酸ガスからメタンを作るのにはサバティエ反応を利用しますが、反応に必要な高温高圧は基地上なら無料でいくらでも供給できます。
大量生産には広大な敷地が必要ですが、フロート基地上であればソーラーパネルの下の空スペースをいくらでも利用できます。
人工メタンを大量に作るのには大量のCO2が必要になり、それを火力発電所で回収して海を運ぶのには費用がかかります。
しかし、人工メタンを運ぶタンカーは片道が空荷になりますから、そこを利用してドライアイスを運ぶためにタンカーを改造するのは難しくありません。CO2を注入してドライアイスにするには−70℃で済みます。
安全性も問題ありません。もともとタンカーのタンクを清掃する(パージする)のにはCO2を使います。
ただ、CO2は重いのでメタンタンカーで最大重量を積んでも、CH4を作るのに必要な量の半分にしかなりません。メタンタンカーに満タンで運んできても、メタンにするとタンカーの半分のメタンしか作れないということですから、不足分を調達しなければなりません。実を言うとCO2は何も面倒なことをしなくても大気から取り入れることが出来ます。ここでもフロート基地の強みでそのための敷地やエネルギーを気にしないで済むからです。(大気のCO2の大量取り入れ方法については特許申請中です。)

しかし、大気からCO2を取り入れても地球環境改善にはたいして役に立ちません。植物に任せるところは植物に任せて、発電所の排出CO2を運ぶべきでしょう。
そのために役立つのがアンモニアNH3です。アンモニアを作るのにCO2,は要りませんが、作ったNH3を需要地に運ぶだけではNH3タンカーは片道を空荷で運航することになります。
その空荷を埋めて運航するには、液化温度などの物理的性質からCO2が最適なのです。50000トンの液化アンモニアを運ぶタンカーであれば、ほぼ同量のCO2を運べます。(アンモニアと二酸化炭素の併用タンカーの構造は特許申請中です。)
つまり、フロート基地で作った水素を、水素そのものではなく、CH4やNH3の形にして運んでしまうということです。
それも、CH4やNH3の輸送で空荷になる片道で、発電所などで回収されるCO2を運ぶことで船舶の稼働率を100%にすることができます。
しかも、このようにして運ぶCH
4やNH3からは水素を取り出す手間も費用も要りません。そのまま発電燃料に使えるからです。


メタノールも効率的な発電燃料として期待されます。メタノールならメタンと違って常温で液体であるため冷温保存の必要がない分輸送効率は格段に上昇する上に重量単位での発熱量は天然ガスと変わらないとされています。
メタノールはメタンとH2Oの水蒸気改質からシンガスと呼ばれるCO(一酸化炭素)とH2の混合ガスを作り、それを合成することで製造されています。
メタンを経由して製造されるので二度手間ですが、基地の上であればサバティエ反応で生成した高温メタンをそのままメタノール製造設備に誘導できるので、さほど非能率ではないと思われますが、現在はCO2とH2だけから直接メタノールを製造する方法が模索されています。
http://www.iae.or.jp/wp/wp-content/uploads/2014/09/1996-1.pdf


問題は輸送コストです。
極端に言えば、天然ガスも原産地のコストは安いところが多く、基地で作る再生メタンと大きく変わらないはずですから、差が出るのは輸送コストということになります。中国の場合は日本と違ってパイプラインで運べる天然ガスがありますから、そことは競争になりません。
カーボンフリーだから高くても買ってくれと都合よくはいきません。「親方日の丸」ならぬ「親方五星紅旗」にならぬように、あくまでも価格競争力を持つ必要があります。
それには火力発電所が産業廃棄物として排出するCO2の回収処理にどれだけの費用を払えるかが問題になりますが、これは当面の間当てにはできません。大気中に吐き出してしまえばお金はかからないからです。
ただ、確実にいえることは昨今日本で言われているCO2の地下貯蔵に比べれば数段安くあがるであろうということです。

輸送コストを下げるもう一つの重要な方法はタンカーの動力を再生メタンガスにすることです。CO2ニュートラルにすることもそうですが、自家製のメタンを動力にすれば輸送コストが大幅に削減できます。
メタンガス動力のタンカーの建造は前例があるので難しくありません。

水素動力の船も日本海運大手の日本郵船からコンセプト船がプレスリリースされていますが、経済性への言及がないところから、まだまだNYK若手社員の「夏休みの自由研究」といったところでしょうか。。


メタン、メタノール、アンモニアなどは化成品の原料として幅広い用途で使われていますが、ここでは発電以外の用途は考えないことにします。
これらの原料を大量供給すれば従来の製造産業に多大な影響を与えてしまうことから、他の目的への応用は私達ではなく、今後の事業主体者が決めることだと考えるからです。



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フロート式では世界最大規模の太陽光発電0.06平方キロメートル
本構想による面積は125,000平方キロメートル
https://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1412/25/news031.html


液体水素運搬船 Suiso-frontier
オーストラリアにある褐炭から水素を作り日本に運ぶ計画です。
水素生産時に出るCO2は地中に埋め戻すそうですから、それが実行されればクリーン水素ということになります。



イラスト

CO2,H2,CH4,N2,NH3の循環図
1 化石燃料発電所からCO2回収→港湾まで輸送→(引き取り)→液化CO2タンカーに積み込み→赤道反流基地でサバティエ反応と海面貯蔵に移動
2 化石燃料発電所からCO2回収→港湾まで輸送→(引き取り)→液化CH4タンカーに積み込み→赤道反流基地でサバティエ反応
3.サバティエ反応で出来たCH4を天然ガス発電所近くの港湾まで輸送→(引き渡し)→発電所へ
4.大気中からN2の取り込み
5.ハーバーボッシュ法で出来たNH3をアンモニア発電所近くの港湾まで輸送→(引き渡し)→発電所へ
6.1で運んだCO2を貯蔵する設備のイラストでの説明(ソーラーパネル設置面下のスペースを利用したCO2貯蔵計画を参照)


九州電力向け「世界初のLNG燃料大型石炭運搬専用船
2023年運航開始予定

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000140842.html
海運大手の日本郵船は、二酸化炭素を全く排出しない新しいコンセプト船を発表しました。

船舶の脱・炭素化を巡っては、IMO(国際海事機構)が2050年までに温室効果ガスの排出量を2008年に比べて最低でも半減させることを目標にしています。日本郵船は14日の会見で、脱・炭素化に向けた技術を詰め込んだ新しいコンセプト船「NYKスーパーエコシップ2050」を発表しました。船は自動車運搬船をモデルとしていて、船体に炭素繊維などの複合材を用いて軽量化しています。燃料はこれまでの重油に代わって水素を使用するため、二酸化炭素の排出はないということです。また、イルカが泳ぐように羽根を振って船を動かす「フラッピングフォイル」を採用していて、プロペラよりも高い推進効率が得られるとしています。日本郵船は今後、実用化に向けた開発と技術研究を進めることにしています。


このページの出典と参考文献
三菱重工技報 炭酸ガスと水素からのメタノール合成プロセスの開発 1998年
財団法人 エ ネル ギー総 合 工 学 研 究 所 メタノール発電技術 1997